消せないボールペン

2017/03/16(木)

ベランダのシロバナジンチョウゲ。ピンクの方はもう終わりかけている。

 

買わなくても不思議と溜まってしまうボールペンだけど、最近は貰うのも「消せるボールペン」が増えて来た。消せるボールペンが当たり前になってくると、そのうちに「消せないボールペン」の方が珍しくなるんじゃないかと思ったりする。

「え? このボールペンで書いたらこすっても消えないの?! すごーい!」なんて。(疲れてるな)

 

実家に行ったら石油ストーブが点いていた。上に乗せられたヤカンが、スーンと小さな音をたてている。その匂いや音や温かさがものすごく懐かしかった。(お正月に帰った時は普通にエアコンをつけていたので)

なんだろう、エアコンや床暖房とはもちろん違うし電気ストーブとも違う温かさ。「火」の温かさなんだろうなあ。

 


リバース

2017/03/13(月)

先日の、無難な髪型がつまらないとかいう話を書いていた時に、こういうことは平穏で時間があるからこそ言える贅沢のようなものだから、あんまり言わない方がいいのかもしれないな……いう考えがちらと頭をよぎった。そして、そういう負の予感みたいなものに限って当たるわけで、日曜から急に状況が変わり、無難がどうとか悠長なことを言っていられなくなってしまった。やっぱり、どんな時もパパパっと纏まる無難なショートカット万歳だよ。

時間を制約されるようになると、電車の中でこうして日記を書いたり、隙間時間に集中して本を読んだりということができるようになるのだから皮肉なものだと思う。目は疲れるし肩こりもひどいけれど、充足感はある。やはり、家に引きこもっていない方が時間を有効活用できる(するしかない)んだろう。

 

平穏な日常の中で時間を有効に活用できれば、その方がずっといいのはもちろんだけど。

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『蜜蜂と遠雷』を横に置いて、湊かなえの『リバース』を読み終えた。事件が収束に向かい、ああそう、そういうことだったのねーというところで最後のカードが捲られてゾッとするという構成なのだけど、男同士の友情とか、大学で初めてできた「親友」とか、俺は、俺が、俺の、というじめっとした感じが少々アレだったので、その辺は端折って短編になっていた方が私には楽しかったかも。と、勝手なことを思った。

4月にドラマ化されると、その親友(?)二人が藤原竜也と小池徹平になるらしい。だとすると本で読んだイメージとはだいぶ違うので、たぶん、内容も変わってくるんじゃないかな、どうなんだろう。


さらば無難と言おう

2017/03/10(金)

「なんだか飽きてしまったんですよね」と、美容室の鏡の前で本音がこぼれた。手入れはし易いし、髪自体に問題は何もないのだけど、乱れないからこそなのか、決まりきったショートカットがもう、とにかくつまらない。だいたい、「楽」を一番にするっていうのはおしゃれとしてどうなの? なんて、ついこの間まで「楽でいい!」と喜んでいたじぶんを棚に上げてみたりして。

 

そんなわけで、少しだけ「遊び」と言う名のウエーブを入れてもらったけれど、やってみればそれもオバサンぽく見えるだけな気がして、結局、自分で髪を洗った後は真っ直ぐにブローして前と変わらない感じにしてしまっているから、お金の無駄だったなと反省しきり(前よりふわっとはしているけど)。しばらくはこのまま伸ばしていく予定だ。そうしたらまた、ショートの良さが身にしみるだろう。

 

春らしくなってきたせいか、服も明るい色のものが欲しくなっている。
引き出しを開ければグレーの濃淡とネイビーと白にベージュ、たまに濃いグリーンというのは確かに合わせやすくて無難なんだけど、どれを着てもわくわくはしない。


とはいえ、目立たないことを良しとしてひたすら無難街道を走ってグレー系に染まっていた私であるからして、店で明るい色を胸にあててみると、なんだか恥ずかしくて長くは鏡を見ていられないのもまた事実。(実際に似合わないのかもしれない)

 

そうそうそう、美容室で、きれいな濃いピンク色のセーターを着て、それがとてもよく似合っている年配の女性を見て、明るくてステキだなと思ったのだ。でも、髪をやってもらっている間、ケープを着けて服が隠れて、髪もタオルで巻かれて黙っていたら、さっきの女性はどこ? というくらい、至極ふつうの、ちょっと化粧が濃い目に人がいるな……としか思えなかった。つまり、髪と服は大事。明るい色を着ていれば、人から見た印象も変わるのかもしれない。

 

まず、外見から明るくしよう! 

……という、この謎の色気はいつまで続くだろうか、それこそグレー。