叫んだことなんかない

2018/ 06/ 21 (木)

 最後の最後に思いっ切り叫ばなければならない。そういう役をもらった。秋まで稽古は続く。自分に酔ったらオシマイ。泣くのはあなたじゃないよと釘を刺されている。


 そういえば私、これまでの人生で叫んだことなんか一度もなかった。絶叫マシーンなんて最初から乗らないし、応援だって、声を出すより祈ってしまう方だ。たとえ心が叫んでも、声に出すことはなかった。

 そんな大人しい(?)私が、もっともっとと、大きな声を欲するようなことをしている。なんとなく前からやりたいことではあったけれど、成り行きって面白いもんだなとしみじみ思う。


 よく「願い続ければ叶う」とか「継続は力なり」とか「目の前のことを一生懸命やれば道は拓ける」とか言うけれど、私の場合はそんな上等なもんじゃないのだ。好きなことをしながら、いつか「あれ」もやるかなーと思っていたらあれもやるようになり、「これ」もやってみたいなと思っていたらこれもやることになった。運転で言うなら目の向いた方へ自然とハンドルが向いた。そんなところだ。

 

 興味がないことには近づかないし、出来そうにないことはしない。ある程度決まったコマの並んだ、小さなすごろくの途中。意識的に努力して今のコマに来たわけではないのがみそだ。

 最近はそこから派生して任されることが増え、頭の中はその段取りでいっぱいだ。でもその「頭いっぱいのこと」については詳しく書けない。自意識過剰による自主的禁止事項を取っ払ってしまえれば書く材料に事欠かないのだけど、小心者だから、キーワードを欠いたこんな記事を書いている。

 

 少し喉が痛い。

 

  関係ないけど、いや、やっぱりいいや。
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二重爪

2018/ 06/ 14 (木)

 そりゃあもう、こんなことわざわざ書くなよって話なんだけど、足の爪が二重爪になりがちなのよ、このごろの私。先が薄く裂けてくる二枚爪じゃなくて、二重爪。傷ついた爪の下から新しい爪が生えてきて、その状態が続くうちに元の爪がだんだん浮いてきて、ついにはぽろっと取れるわけ。

 爪に負担がかかるとそうなるらしくて、まあ、思い当たることといえば歩きまくった旅行ね。それで、最初は右足の小指、それから薬指の爪が十日位前に生え変わって、今は左足の子指の爪が二重になってるの。

 いいえ、痛くもなんともない。
 古い爪が取れる時には、新しい爪がもう、ちゃーんとそこにある。まだ薄くて柔い、生えたての爪は赤ちゃんみたいよ。

 ところで、ハートも負担かかると二重になるよね。でも二重ハートは、古い方が自然に取れるまで待ちきれなくて、半ば無理やり剥がしてしまいがちよね。だから、あとが痛いんだわ。痛くて痛くて、なかなか新しいハートの方を愛でるなんてできやしない。いつまでも古い方が気にかかる。

 それでも、何度だって新しくなりたい。

 新しくなれることに気づきたい。

 剥がした古ハート、湿ったのや乾いたのを、胸のここら辺にコレクションしながら、何度でも新しくなーれ。

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使い捨てスリッパ

2018/ 06/ 06 (水)

 本日は一年に一度やって来る憂鬱なあの日、そう、「生活習慣病検査」の日でありました。午後からの受付だったので朝食は軽く食べ(白いご飯のみ)、9時からの絶飲食。例年、朝から絶食でバタバタと忙しく出かけていたので、午後からってのんびりだなーと思ったのですが、まあ、その午前中の長いこと長いこと。お腹は空くしだんだん頭も痛くなってきて、測ってもらった血圧は最低でした。

 

 ところで、いろいろな検査室を回る中、診察台の上に横になったり、特殊な検査台に乗ったりと、スリッパを脱ぐ機会が多々あります。脱いだスリッパは、看護師さんや検査技師さんが所定の(らしい)位置にスッと揃えてくれるのですが、その「スッ」が、なんだか今日は気になってしまいました。「スッ」の度に「だめねぇ」と言われているようで、どうして私はもっと適切な場所にきれいにスリッパを脱がなかったのかと思うのです。

 

 もちろん、脱ぎ散らかしているわけではありません。でも、ベッドに腰掛けて脱ぐときにも、不織布でできた使い捨ての薄いスリッパは、足から「スッ」とは抜けてはくれないし、バリウムの検査台に乗ってからスリッパをこちら向きに揃え直すのもなんだかおかしな構図です。というか、もう頭の中はバリウムや発泡剤のことで一杯で、スリッパまで気が回りません。

 

 後ろが詰まっているので、あちらもさっさと検査を進めたいでしょう。スリッパを揃えてくれるもの、その後の流れをスムーズにするための決まりごとなのかもしれません。デヴィ夫人ばりに「それもあぁた方の仕事の内よ」と開き直ればいいのかしらん。

 

 そういえば昔、「アパートの内見のときにお客さんの脱いだ靴を異常に丁寧に揃える不動産屋さんの話(フィクション)」を書いたことがありました。もしかしたら私は、自分が今しがたまで履いていた履物に触れられることに、少し抵抗があるのかもしれません。

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