音を立てる

2018/ 09/ 20 (木)

 外でトイレに入ると、誰かがトイレットペーパーを使っている「カラカラカラカラカラカラカラカラッ!」という大きな音にびっくりすることがある。使うペーパーの長さには、衛生観念とか、人それぞれに事情があるだろうけれど、あそこまで高速で巻取るのは普段からの癖なんだろうか。それとも、聞かれたくない音を消すための「音姫」みたいなものなんだろうか。

 

「音姫(水流の音がするやつ)」と言えば、「会社の音姫から女の人の声がする」と娘が言っていたことがある。か細い声で「たすけて〜」と聞こえるらしい。まあ、あまり怖がっている様子はなく、空耳と自覚しているらしいけれど。トイレットペーパーもある程度の回転数を超えたら「やめてぇ〜」くらいのことは言ってもいいかも。個室にいる本人にだけ聞こえるように。

 

 そういえば、スーパーで買ったものを袋に入れるとき、自由に使えるビニール袋。あのロールになっているビニールも、「ガラガラガラガラガラガラガラガラッ!」と、すごい音をたて大量に取る人がたまにいる。あれだけ堂々と貰うのだから、全部必要なんだろう。たった一枚を、そぅーっと取っている私の方がよっぽど怪しい気がしてくる。

 

 ゴミ置き場の扉をガラガラピシャーッ! っと締めるとか、駐輪場入り口のドアを、途中で手を離してガシャンと締めるとか、乱暴に音を立てることに平気な人はいて、そのせいなのか、扉が壊れたりする。ポストの扉も、普通に閉めればなんでもないのにピシャン! と叩きつけるように閉める人がいて、何かのまじないなんだろうかと思うくらいだ。「DM退散!!」とか?

 

 昨日、事務所のポストを見てくれと頼まれて、ダイヤルを右に幾つか、左にいくつか回して開けた。開ける時はなんでもなかったけれど、家と同じように軽く閉めても閉まらない。次にちょっと力を入れて押してみたけれど、何かが引っかかって閉じない。手で金具を触ってみると動くから、そのまま扉を押し込むのは間違いないらしい。思い切ってバッシーン! と叩きつけてみた。そうしたら、スコンと閉まった。ちょっと快感だったのはナイショだ。

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折り返し運転

2018/ 09/ 18 (火)

 折り返し運転で始発になる電車に乗ることがある。そこまで乗って来た乗客が全員降りて、空になったところに乗るので座れる確率が高い。座ってからふと見ると、向かいの座席の端でこんこんと眠っている人がいた。今乗って来てすぐに眠ったとは思えないから、どこからかずっと寝ながら来たのだろう。朝からあんなに深く眠り込んで、アナウンスや人のざわめきにも起きないなんて、どれだけ疲れているのだろう。

 降りなくていいんだろうか? このまま折り返して、今まで来た方向に戻ってもいいんだろうか?


 良いわけがない。起こしてあげるのが親切だろう。でも、すぐ隣りならともかく、立っていって声をかけるのもなんだし、乗客はたくさんいるし、私もせっかく座ったところだし……そもそも、寝ている方が悪いのだ、不摂生がいけないのだ、そうだ、困ったっていいクスリだ、なんて、ちょっと意地悪に自分に言い聞かせて放っておいたまま、電車は走り出す。

 そんなことが、最近だけで2度あった。一度目は若いお嬢さん。今日は高校生の男の子だった。長い座席の端で身体を丸めるようにしてぐっすりと寝ている姿までそっくりだった。

 折返しで始発になった駅(私が乗った駅)をEとすると、ABCDEと来た電車が今はEDCBAと駅を戻っていることになる。彼らはもしかしたら、Aから乗ってきてCで降りるところ、寝過ごしてEまで来てしまい、いい感じに折り返しているのかもしれない。だとしたら、Cで目覚めればラッキーだ。けれども、途中でちょっと目がさめたのがBだったら、「なんだ、まだB駅か」と、次がCと勘違いしてAに向かってしまう。なんなら、もっともっと先まで戻って行ってしまう。

 どうするんだろう。……というか、目が覚めたらどれだけびっくりするだろう。悪趣味だけど、そんな瞬間を心のどこかで待ってしまう私。

 けれども、ふたりとも私が降りるまで25分間、起きなかった。だから、その後どうなったのか分からない。とにかく、そんなにも電車で眠りこけることができるのが信じられない。もしかすると彼らは「人間の親切心」を試すために設置されたAIロボットで、一日中、寝たまま沿線を行ったり来たりしているのかもしれない。声をかけた人には何らかの加点があり、姿は寝ていても、人の視線をキャッチしていて、見て見ぬふりをしたり意地悪に観察している人は減点されているのかもしれない。やばいな私。

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ナニクソ!

2018/ 09/ 15 (土)

 声による公演が近づき、「稽古」の場では演出の先生から結構きびしいダメ出しが飛んで来る。私などは何を言われようが「ナニクソ!!」と思う方なのでいくらでも演り直すけれど、慣れていない人は相当にびびってしまう。とうとう「辞めます」という人が出てしまった。以前には他のグループに所属し、それなりに自信を持って声を出していた女性なので、なぜそこまでひどく言われなければならないのかと、疑問に思ったのかもしれない。

 

 その、辞める決心をする決定打になったという「言葉」を教えてもらってびっくりした。それは、先生が私に向かって放った一言だったのだ。当の本人である私はナニクソ! だったけれど、傍で聞いていた彼女はさぞかしびっくりしたのだろう。

 言ってみれば私は、親から怒鳴られ慣れてしまった子供のようなものなのかもしれない。先生のことは尊敬しているけれど、べつに怖くはない(普段はやさしい)。怒鳴らなくてもいいのになぁとは思うが、厳しく直されるのは、ある意味光栄なことでもある。ピリッとした空気感も嫌いではない。

 と書いてみると、私はずいぶん従順で御しやすい生徒だこと!


 怒るべきなんだろうか? ひどく怒鳴られることを疑問に思い、先生の人間性を疑うべきなんだろうか? 私のように従順な人間が居るから世の中は良くならないのだろうか?!(←大袈裟)

 もともとは単なる趣味のひとつとして始めたこと。いつの間にか多方面で深く関わるようになり、ふと冷静になって「私、ここでなにやってんだろう?」と思うことがないわけではない。

 でも、結局のところ、楽しいんだな。声を出すのも演じるのも楽しい。舞台の達成感は捨てがたい。アシスタントとして、講座に来てくれた多くの人たちと接して指導したり、その笑顔を見るのも楽しい。事務所の仕事も面白い。何でも、やるからには上手くなりたい。だからこその「ナニクソ!」だ。

 なんだかイイ子ちゃんの弁みたいだけど、そうじゃなくて、

 辞めた彼女も、私も、どちらも同じわがまま、ということ。
 自分のために、辞めたいから辞める彼女。自分のために、やりたいからやってるだけの私。

 せいぜい怒鳴られないように頑張ろう。他の誰かがビビらないように。

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