乗り過ごしの連鎖

2017/12/13(水)

ラッシュ時には座席をすべて畳んでしまう通勤型の電車は、そもそも座席数が少ないので、椅子を出している状態でも座れる人の数は限られる。そんな車両の3人掛けの座席の前に立っていると、ある駅でひとつ席が空き、その正面に立っていた60代くらいの女性が座った。そうしてすぐ、何かに気がついたように腰を浮かすと、近くの老婦人に手を伸ばして「座りませんか?」と声をかけた。


声を掛けられた70代くらいの女性は「すぐにB駅で降りるので大丈夫です」と断ったが、「私はC駅ですから、もうひとつ手前で降ります。どうぞ座ってください」と60代が言うので、70代は素直に席を譲られて座った。次の駅ではその隣りの席も空いたので、60代の人が改めて腰を掛け、「先程はご親切にどうも」「いえいえ」「吊革は高いし、普通の電車よりつかまる場所も少なくて……」「不安定ですよね」などと言葉を交わし始めた。私は立って本を読みながら、そんな様子を視界の隅に感じていた。


やがてどこかの駅に着いてドアが開き、人々が降り始めた時だ。60代の人が「わ! C駅なの?!」と言って、ガバッと立ち上がった。70代の人も「あら! あなたの方が先に降りるからって安心してた!」と立ち上がり、「さあ、一緒に戻りましょう」「あらあら」「あらあら」と、ふたりしてあたふたと降りて行く。


ついさっきまで知らない者同士だったのが、席を譲り譲られ隣りに座り、なんとなく話が弾んでふたりとも降りる駅を乗り越してしまうなんて、なんだか、ドラマの始まりのようだ。たしか、乗り過ごした時に反対側の電車で勝手に駅を戻るのは不正乗車になるはずだから、二人は出会ってしまったばかりに、思わぬ罪を犯すことになってしまったのだな。(←大袈裟)


まあ、実際は、それぞれの駅で降りたら二度と会うこともないのだろうけれど、もし、ドラマが始まるとしたら、どんな展開があるんだろう。席を譲ったことで思わぬ縁ができて人生が好転していくのか、あるいは偶然にも何か重要な繋がりのある間柄だったと判明するのか、はたまた、あのときあの人に席を譲らなければこぉーんなことにはならなかったのにぃー……という後悔が待っているのか。


私は本に目を落としたまま、「縁」についてつらつら思いを巡らし、そのうち前の席が空いたので座った。幅が大きめのバッグを持っていたので、膝の上に縦に置いて抱えながら本の続きを読み、読んでいるうちに眠くなり、一瞬ぼんやりとして記憶が飛び、ハッと気がついたら、電車がどこかの駅に停車して、ざわざわと人が乗り降りしている。

 

いやな予感に焦りながら人混み越しに駅の様子を見る。

わ! D駅なの?
私は本とバッグをそのまま両腕に抱えてガバッと立ち上がり、慌てて電車を降りた。

 


よそさまの洗濯物

2017/12/07(木)

お天気のいいある日のこと。犬の散歩をしていると、反対方向から歩いてきた小奇麗な老婦人に声をかけられた。「ご近所にお住まいの方ですか?」 きっと道を訊かれるのだと思って立ち止まると、「私は昔からこの先の団地に住んでいるんですけどね……あなたはご近所にお住まい?」と尋ねる。わ、何かの勧誘? と身構えて、「いえ……」と答えかけたけれど、犬を連れて歩いているのに「この辺の者じゃない」と言うのも変だ。えーい、ままよ! 「はい、そうです」と言い直した。笑顔も付け足した。

 

するとご婦人は「あのね、」と一歩近づいて、「この、おうちのことなんだけど……」と、道の脇の高いところにある、ごく普通の民家を指差す。「ここの方、まだお一人でお住まいかしら。ずっと昔からある古いおうちなのよね。お連れ合いを亡くしてからも、ちゃんと洗濯もされたり周りもきれいにしていて、偉いなーと思っていつも見ているのよ。……ご存知?」と言う。

 

知らんがな。


散歩で時々は通る道だから、その家がそこにあることは以前から知っていた。でも、視界に入っているだけでまるで意識したことはないし、洗濯物のことはもちろん、住んでいる人のことを知る由もない。

「すみません。私には分からないです」
「そうなの。ごめんなさいね、呼び止めちゃって。なんだか気になるものだから……」

 

なぜそんなに気になるのか分からないけれど、もしも私がその家のことをよく知っていて、最近どんな風なのかを話してあげることができたら、あるいは噂話をするだけでも、ご婦人はスッキリしたのかもしれない。

 

さてその次の日、やはりお天気がよかった。犬を連れてその家の横に差し掛かって思い出し、意識してベランダを見上げた。小高くなったところに建っているので、目線のかなり上の方になる物干し竿には、男物のらくだ色のシャツとズボン下、それにタオルが数枚、南を向いてピンときれいに干してあった。

 

そうか、このおうちにひとりで住んでいる人というのは、年配の男の人なのねと初めて分かった。確かに、お庭も家の周りも手入れが行き届いて清々しい。そのことを、あの老婦人は感心していたのだろう。もしかして、好意をお持ちなのかしら? ふふふ。

 

そして今日のことだ。
何日かぶりにその道を歩いたのでその家を見上げた。今日もお天気だ。なのに、ベランダに洗濯物がない。ないぞ。雨戸も家の半分は締まっている。どうしたんだろう。

 

やだなあ、気になっちゃうじゃないか。


登場人物

2017/12/07(木)

しばらく前に、kindle本の半額セールでたまたま目に留まった太田愛の『天上の葦(上)』という本を読んだ。初めて読む作家さんだ。読み始めてから、その中の登場人物たち(主に、探偵事務所の二人と刑事ひとり)は、既に他の作品にも出ているらしいことに気がついた。『天上の葦』はそのシリーズの一番新しい3作目だった。


多少の違和感(これはあの時のあれよ、と言われても分からないようなこと)はありながらも、面白かったので下巻まで一気に読んでしまい、改めて一作目の『犯罪者』の上下巻、続いて『幻夏』と、久しぶりに夢中になって5冊を読み通した。描写も丁寧で、温かみのあるミステリー小説だった。


一気に読んだせいか、主人公たちがまだ私の中で活き活きとしていて、あの3人は今、どうしているんだろうなんて思ったりする。いつかまた、新作が読めるといいのだけど。


現実の私の人生の中にも今まで沢山の登場人物がいて、「今どうしているんだろう」と思いを巡らせたりするけれど、心からその後のことを知りたいと思う相手というのは僅かな気がする。


本当に懐かしい人とは、もう一度、回想シーンではなく本編に登場してもらって、1クールだけでもいいから共演したい。エンドロールには名前と(友情出演)。