きっかけは作る

2018/ 10/ 22 (月)

 お久しぶりになってしまいました。
 特に何があったわけでもないといえばないしあるといえばあるわけで、要はそれを書く気があるかないかだけのことなのですが、どうやら私は自分の過去のことを書くのは苦手で、だから長年「日記」を書こうとしてきたのでありまして、つまり、その日か次の日、遅くとも3日のうちに書かないと、すんなりは書けない過去のことになってしまうというわけで、本日は変な文体でお送りしております。

 

 先月、下腹部の突然の激痛と下血で絶食を言い渡されました。微熱でだるく体重は激減、体重計に乗って久しぶりに39という数字を見ました。「ある程度の年齢になると1,2キロ増えた体重がなかなか減らなくなる」とは実感していましたが、減りすぎてしまった結果、げっそりと老けてしまった自分に、鏡を観て驚きました。もっとも、食べないでいたからこその「げっそり」であって、ふつうに食べるようになった今ではそんなこともない(年相応)ですが、それでも、ある程度の年齢になったらふっくらしている方が若々しく見えるんじゃないかという気がする今日このごろ。でもでも、太りたくはない。珍しく毎日軽い筋トレをしながら体重を戻しているところです。いやもう、健康にまさる美しさはないですね! 「内面の輝き」というのは知性とか人間性とかだけの話じゃないのです、当たり前だけど忘れていました。

 

 私に、その激痛体験とか、つい最近になってから受けた大腸内視鏡検査初体験について、面白おかしく書く才能があればいいのにと思います。あるいは、誰かの為になるちょっとした記録を残しておくような、やさしさとせつなさと根気強さとか。どちらもないのでスルーするつもりでしたが、自分の中でちょっと引っかかっていたので、一応さらっと書いて一区切り、心機一転、また明日。

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ホコタテさん

2018/ 10/ 03 (水)

 マンションの大規模修繕工事が始まるので、ベランダの整理をしなければならないと何度か書いた。台風を前に、長く伸びたつるバラも切った。3本のオベリスク(ピラミッド型の支柱)に絡まるように枝を括っていた、多数の細いワイヤーを切り、外れた枝を容赦なくハサミで断った。つるバラは、根本から30センチ弱を残すだけになり、裸になったオベリスクは鉢から抜いてベランダの隅に寝かせた。

 時々トゲに刺されながら、切った枝を乱暴に片付けていると、思わず宙に手が止まった。ひとつだけまだ青い蕾がついているのを見つけてしまったのだ。そのまま一旦は捨てる枝の山の方に乗せてみたけれど、その蕾のところだけもう一度短く切って残し、他の小さい鉢の隅に挿した。

 そうしておけば咲くだろうと思ったわけではない。ただ、捨てられなかっただけだ。ところが何日かすると、そのバラがちゃんと花を咲かせた。そこへ、台風がやってきた。

 一晩中、強い南風と雨が吹き付けて窓を鳴らした。背の高いオベリスクを片付けておいて本当によかった。健気に咲いたバラもさすがに散ってしまっただろうと思いながら、翌朝ベランダを見ると、赤い花びらはまだ残っていた。緑以外には特に色のないベランダの、その緑も風でチリチリに傷められた中で、花の小さな赤だけが何事もなかったように笑っているように見えた。

 今日は、台風で色を変えたり萎れてしまった葉や枝を落とした。心の何処かに、今ある植物はもう、何もかも片付けてすっかりなくしてしまいたいという残酷な気持ちもあり、どんどん切っては捨て、スキあらば根こそぎ抜いてしまう。タイムは鉢ごと捨てた。何年も何年も楽しませてもらってきたのに、我ながらなんという残酷さだろうかと思う。

 一方で、一度は断ってしまった、既に終わりかけの赤い花のついたバラの枝は抜くことができなかった。仮住まいの鉢にそのまま根付くとも思えないのに、抜けない。自分の中の矛盾した思いがそこに見えて罪悪感のようなものを覚える。何一つ残さず全部捨てたら、それが正義でもないだろうけれど。


 

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上からルミコさん

2018/ 10/ 01 (月)

 有料の体験教室に来ていたルミコさんは、年齢不詳の元気な女性だった。黙っていると口がへの字で、今にも何か不平を言い出しそうで怖いのだが、いざ喋りだすと表情に華があって人を惹きつける。

 他の方々は恥ずかしそうに声を出すのに、ルミコさんは堂々としていて、朗読の経験者なのがすぐにわかった。聞けば、女優(エキストラ?)のようなことや、歌に踊りに語りにと、今までいろいろな機会を得て舞台に立ってきたらしい。

「でもね、こないだまで入っていたところでは、あなたの考え方は会の趣旨に合わないから辞めてくださいって、はっきり言われちゃったのよ。失礼しちゃうわ」と話してくれたりして、それも、なるほど納得。なかなかのうるさ型だと後々分かってきた。

 本当は演出をやりたいそうで、講座仲間にも、ここはこうしようああしようと積極的に働きかけて、先生そっちのけ。長く続いてきた会の「慣例」にも、改善すべき点をビシバシ指摘してくる。とにかく、黙って従うということが少ない。

「それならあなた、講師を目指してご自分のお教室を開いたらいいわ」と先生にチクリと言われれば、「責任を負うのはいやだからいや!」なのだそうだ。

 この人が本当に入会したら大変なことになるかもしれないと思ったけれど、結局、一ヶ月の体験を過ぎて、ルミコさんはそのままサヨナラだった。やりたいことが明確にある彼女にとっては、物足りなかったのかもしれない。私は、自分にないものを持っているルミコさんをもう少し見ていたかった気もするのだけど、いや、やっぱりやりにくくなっていたかな。

 最後にやった小さな発表会は、ルミコさんの思い切った演技で作品が楽しく出来上がった。音楽に乗って軽やかに登場する時、音響をやっていた私に向かって、通りすがりに「音が小さい!」と、鋭く指示したルミコさん。いやいやいや、これから徐々に大きくしていくところですからーと思いつつ、おとなしく従う私。ナチュラルに上に立つ人には勝てる気がしないにゃ。

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